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夢ブロ

見た夢を元にしたナニカ。不意に停滞。しれっと再開。

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でどころ

ばあちゃんちは山に囲まれた田舎の農家だ。
孫たちが稀に集うその場所は、その昔今よりもずっと封建的な風が当たり前のように吹き晒していた。
やがて、ばあちやんは死んで、子供たちの間に蟠った隔たりは確固たるものとなり、その孫たちは行き場(思い出)を失った。


今となってはどちらか一方を「悪」と決めつけることなど出来ない。
長男が絶対の権力を持つ家。ただ、家督を継ぐということは本人の意志とは関係なく産まれたときからの決定事項であって、そこに自由はない。逆に、若くして自由を手に入れたが何の支援もなく外に出されるそのほかの子供たち。

己の自由と引き換えに土地も家屋も家系の全てを引き継いだ長男が妹や弟よりも直系卑属を重んじたに過ぎない。それはたぶん当たり前のことなのだろう。
けれど・・・。


わずかに残った記憶を辿る。大人たちの会話が聞こえてくる。甘えたいのにそれを許されなかった長女の子供はいつも独りぼっちで動物たちと遊んでいた。その場所は、確かに傷つくことも多かった。

それでも都会から少し離れたその場所で感じる、山の色、土のニオイ、動植物の感触は、子供ながらに癒される空間でもあった。一人ぼっちだったけれど、その風景は嫌いではなかった。



大人になったわたしは母を伴い、久しぶりにこの地に戻った。おそらくこれが最後になるだろう。わたしにとっても母にとっても。

親族たちは夫々歳を取ったのか、皆一様に落ち着いた態度で当たり障りなく時間を過ごした。危惧していたほどの事態にはならなかった。かと言ってかつての親睦が蘇ることもなかった。
それでもこの景色は懐かしかった。
建物の外観は幾らか変わったけれど、この縁側から見える風景はあのころのままだった。


わたしは往きと同じく電車で帰ってもいいと考えていたが、母が親類の車に同乗させてもらうというので、仕方なくその時間を待っていた。
実のところ、早く帰りたくて仕方がなかった。

田舎の風景は、一人で物思いに耽るには悪くない場所だが、人と接する時間はそろそろ限界だった。
ここには良くも悪くも思い出がある。「懐かしい」という記憶は、良いも悪いも表裏一体だ。

人は、より良くない記憶を貯えがちだが、だからこそ、「敢えて良かった頃の記憶を増幅させて再生させる機能」も兼ね備えていて、時にそれを発動させる。
わたしはフラフラと懐かしいその場所を歩き出した。


記憶の中の、ばあちゃんの部屋があったところは取り壊されていた。
そこは池になっていた。魚や亀が泳いでいる。
池には浅瀬があったり、橋が掛かっていたり、その作られた造形は名のある庭園のように立派なものだった。

その一角で小さな亀が飛び跳ねていた。どうやら浅瀬を越えて隣の池に行きたいようだ。
けれど目の前には石の山があった。それは小さな石だけど、小さな亀にとっては難関だった。
ただ、必ずしも無理な障害とは言いきれない。

亀は、越えられそうで越えられない、あと僅かな壁へと果敢に挑戦し続けた。
隣にはもっと楽な道もあるのに・・・。

気づけばわたしは、その庭園の上空に作られた見学通路から、その景色を見下ろしていた。


・・・そんな感じの夢を見た。結構"色"付けてるけどこの土地、何度となく夢に見てます。

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